2010年1月14日、私の大事な大事な娘”LADY”が天国に旅立っていきました。

レディらしく、実にあっけなく、誰にも迷惑をかけず、あっという間の旅立ちでした。

レディが心をこめて大切に育てた娘”TINA”に見取られ、私のベッドでひなたぼっこをしながら・・・


レディと私の出会いは私の親友への一言から始まりました。
当時、犬を飼うことを望んでいた私は、親友2人に助けてもらいながら
レディに愛情を注ぎ、レディはそれに全力で応えてくれました。

私の実の娘にいろいろあったときも、すーっとそばに寄り添い
小さい体で愛をたくさん振りまき
悲しい顔を笑顔に変えて私を守ってくれました。

息子が学校から帰宅する際、仕事で居ない私に代わり
息子が淋しくないように、そっと寄り添い、励ましてくれました。

レディの死はまだまだ私の中で全部を受け入れることが出来ない現実ですが
レディが最後にくれたやさしさや、レディを見送った様子を
このページに記しておきたいと思います。


1月13日
いつものように晩御飯をあげ、しばらく様子を見ていましたが、あまり食欲がない様子で
少し晩御飯を残してしまいました。

夜、私のベッドに一緒に入り、私の右にレディが寄り添い寝るのですが
私はその時はなぜかレディに背中を向けて寝ていたようで
何度もこっちを向いて欲しくてレディに呼ばれ、起こされました。

1月14日
私のベッドですやすや寝ていたので、レディのかわいい寝顔にキスをしてベッドを後にしようとしたら
レディがいつものようにむくっと起きて、私にいってらっしゃいの挨拶をしてくれました。
それが生きているレディを見た最後になりました。

娘が学校へ行くため、レディとティナを起こし、お留守番コーナーへ連れて行こうとしたとき
レディの異変に気がついたそうです。
その時はすでに、呼吸・心肺ともに停止している状態だったそうです。
朝日が当たる私のベッドの上で、ティナと一緒ににこっと笑いながら
ひなたぼっこをしているそのままの顔で、息を引き取っていました。

娘から私の携帯に連絡が入り、急いで帰宅すると、レディの息が止まっている現実に直面しました。
すでに蘇生も無理だと分かった私は、レディを私のベッドに安置し、
私が普段使っている手編みのひざ掛けを布団代わりにレディにかけてあげました。

その時は、レディ、愛してるよ、としか口に出す言葉が見つからず、
何度もレディの体を抱きしめながら声をかけました。

私も娘も、学校と仕事があり、レディが亡くなったことで、それに穴をあけるのは
レディの本意ではないことを分かっていたので
とても辛かったですが、娘はそのまま学校へ向かい、私とティナでレディの遺体を見守ることにしました。

夕方になり、息子が帰宅し、レディを安置している場所に連れて行き現実を説明しました。
息子はしばらくレディの顔を見ながらうつむき、そのうち号泣していました。

その後、私の勤務先に連絡し、レディの遺体を入れる箱をもらいに会社へ戻りました。
その道中、レディの年の数だけピンクのバラを買い、箱をもらい、帰宅しました。

さすがにその晩は、夕食の支度をすることが出来ず、夫に買い物をお願いし夕食を済ませ
私と娘、息子の3人でもらってきた箱に包装紙を貼り付け、棺おけを作りました。

本来なら、そこにレディを安置すべきですが、私はもう一晩レディとベッドを共にしたかったので
レディの遺体はそのまま私のベッドに安置し、レディの葬儀を行える場所を探しました。

少しでも長くレディと一緒に居たかった私は、最初、移動火葬車の手配をしようと
ネットで検索をしていましたが、どんどん気分が悪くなり、吐き気がしてきたので
もしかしたらレディが嫌がっているのかも知れないと思い
レディの息子が眠っているお寺の連絡先を見つけ、夜中でしたが連絡してみました。
すると今まで吐き気がするほど気分が悪かったのが、すーっと気分が落ち着き
レディと一緒にベッドに入り、一晩過ごしました。


1月15日
午前中は私も娘もいつものように仕事と学校へ行きました。
レディを残して行くのは本当は嫌だったけど、仕事と学校を休むのはレディの本意ではないことを分かっていたので
辛かったけど、午前中だけということもあって、思い切って行きました。
帰宅して、レディを昨夜作った箱に娘と2人でで収めました。
中には私の服、娘と息子の服、家族の写真、レディとティナの写真
レディの年の数のバラの花と季節の花束。
私が愛用していたひざ掛けに包まれたレディを収めると、涙が止まらなくて・・・

レディを入れた棺を車に乗せ、ティナと娘と一緒にわんわん物語りで流れているベラノッテを流しながらお寺に向かいました。
夜中にお願いしたとおり、立会い式にしていただき、骨上げの最後までさせていただくことにしました。

レディの棺をお寺に安置し、僧侶の方にお経を唱えていただき、併設の火葬場へ・・・
火葬場で最後のお別れをした後、狭い場所へ吸い込まれていくレディを見て
涙が止まりませんでした。
最後の瞬間も、愛してると大好きの言葉しか浮かばず
娘と2人、ティナと一緒にレディを黄泉へ見送りました。

お寺の待合室で待っている間に友人から電話をいただきました。
号泣している友人に、取り乱した様子を伝えたくなくて、必死で受け答えをしているうちに
だんだん気持ちが落ち着いて、レディのお骨と対面する時間を迎えました。

レディのお骨は真っ白でとてもきれいで、やさしいレディそのものの色をしていました。
お寺の職員さんに助けていただきながら、お骨を拾い、再び僧侶の方にお経を唱えていただき、帰宅しました。


レディが亡くなっているのを目の当たりにし、気丈に私に伝え、その後もずっと私をサポートしてくれた
娘に、今とても感謝しています。
レディのよだれを丁寧にふき取り、私が帰宅するまで不安でいっぱいだっただろう娘が
どれだけレディを愛し、感謝していたかすごく伝わってきた気がしました。
レディの死に水は、ティナがすべて丁寧になめてきれいにしてくれました。
レディの最後を見たであろうティナも、すごく取り乱した様子でしたが
さすがレディの娘、ずっとレディのそばに寄り添い、時に体をなめ
別れを惜しんでいる様子でした。


こんなに早くレディを見送ることになるとは思っていませんでしたが
レディと過ごした11年弱の年月を、決して忘れずにいたいと思っています。
辛い悲しい事件が多発した時期も、レディと一緒に乗り越え
ティナを授け、子育てを完璧にこなし、さらに私に対して絶対的な服従を見せてくれました。


今回、レディの死亡のお知らせを一部の私が全信頼を置いている方にのみ報告をし、
関係者の方への報告が遅くなってしまい、すみませんでした。

レディの死亡を伝えた友人・親族には、それぞれの方からあふれんばかりの愛情を頂き
取り乱している私を全力で支えていただき、感謝の気持ちでいっぱいです。

そして、レディと過ごした11年弱の素敵な時間・・・
私のそばにはいつもレディがいて
私が寝るときには必ず横にもぐりこんでキスをして
私の太ももにちょこんと顔を乗せ
気持ちよさそうに寄り添ってくれたレディ・・・
滑り台とぶらんこが大好きで、公園に行くと必ず何度も遊んでいたレディ・・・
朝のおはようのキスと私が帰宅したとき、寝るときに必ずキスをしてくれたレディ・・・
うれしいことがあったとき、一緒に喜んでくれたレディ・・・
悲しい・辛いことがあったとき、ずっと寄り添ってくれたレディ・・・

レディのパワーは、私を強くしてくれて、愛情というものが何なのかを身をもって教えてくれたと思っています。

私が初めて出会った犬がレディで本当に幸せだったと思っています。
もし、この先また、犬を迎えることがあるとしたら
きっとレディの生まれ変わりであることを心から望んでいます。

2010年1月25日   管理人ヒーサ


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